なぜ日本人は間違うのか 昭和と戦争に学ぶ国民性:半藤一利「昭和史1926-1945」

2013年7月18日

 2004年発刊。

 確か05年ごろに一度読んだが、そのあとはずっと本棚に眠っていたままだった。前回読んだ時の細かい記憶はさすがに残っていない。確か非常に読みやすくて、鮮やかに満州事変から太平洋戦争の終結までをたどることができたはずという、漠然とした記憶しかなかった。今回、再びこの大著を読み直してみると、この記憶は間違っていなかった。

 題名にもあるとおり、太平洋戦争の終結までの昭和を取り扱った本であり、昭和の幕開け直後に勃発した満州事変を発火点として、日本が悲劇の戦争へと転がり落ちていくまでをたどる。

 面白いのが半藤氏の語り下ろしで書かれていることだ。この手の本はどうしても退屈になりがちだが、半藤氏の軽快な語り口がきちんと反映されており、読んでいて飽きない。時々、本人の戦時中の思い出を披露するなど、生きた歴史書だと思う。まさに語り部。

 さて、内容はというと個別の事件や出来事について書き出すとキリがないのだが、歴史の教科書にでてくる出来事を一つ一つ丁寧に内容や背景を説明してくれる。そして、その前後にあった事件や出来事との関連性についてきちんとフォローしてくれる。このあたりは歴史の教科書では分かりにくい部分なのだが、この本ではそれらの出来事がそれぞれ作用しあっている感性、いわば歯車が組み合っているような構造として浮かび上がらせる。

 そして何より、昭和天皇を頂点とした当時の政治家や軍人、そして国民に至るまでの登場人物が豊かに描かれているのが面白い。みんなそれぞれ理想や哲学、そして思惑があり、それが結果として悪い方向へと作用していく様子がよく分かるのだ。このあたりは、半藤氏の語り下ろしであるところが大きい。何より各登場人物の性格がよく見えてきて、ややこしい昭和史が一つの大きなドラマとしてまとまっている。

 本全体を通して問うている大きなテーマは「なぜ、あのような悲劇の戦争に当時の日本人が突き進んでしまったのか」と言えるだろう。常にその視点をずらすことなく、一つ一つの出来事を検証していくのだが、今になって振り返ってみると、やはり一国民を含めた当時の登場人物の判断が、すべて裏目に出ていると感じざるをえない。

 とはいえ、そのような感想は今だから言えることなのは確か。では、問題はなぜそのように選択肢を全部間違えて、310万人の死者を出すあのような戦争になってしまったのか。

 この点については、半藤氏自らが教訓として最終章で指摘している。簡単にまとめると、(1)国民的熱狂に流されてしまった(2)観念論を好み、重大な局面で理性的な方法論を検討しなかった(3)日本型タコツボ社会における、小集団主義の弊害が出た(4)国際社会での位置づけについて客観的把握をしておらず、独善に陥っていた(5)何か起きたとき、大局観がないまま対症療法的な発想しかできなかった-。そして、

政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人びとは、なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか、ということでしょうか。(p.503)

と締めくくっている。

 改めて振り返ってみると、誰か個々人が悪かったというよりも、時代の雰囲気がすべての登場人物を悪い方向へと向かわせたような気がする。その遠因は当時の国際情勢であったり、開国以来の近代化だったりと、そのファクターは多いだろうが、そのあたりの判断は読者に任されている。

 さて、こう考えると、戦争の原因については、軍国主義など戦後よく言われるような杓子定規で議論をすると本質が見えなくなってくることが分かる。もっと深淵にある「日本人とは」というような、国民性の議論をしなければならないのではないか、と。

 ところで最近に目を移すと、2011年の東日本大震災を「第二の敗戦」と表現した人がいた。震災以降、日本人は様々な面で価値観の転換や再考を求められている。

 本書で取り上げられている戦争の前にも、開国や明治維新を起点に第一次世界大戦などといった転換点が多くあった。

 もし、「歴史に学ぶ」ということがあるのならば、このあたりを深く考えなければいけないのかもしれない。日本人の気質というものは、いくらあの大きな戦争を経たとはいえ、そうそう簡単に変わるわけがないし、恐らく程度の差こそあるだろうが変わっていないはずだ。半藤氏が挙げた5点の教訓は、今もう一度、現代に重ね合わせて考えてみる必要があるのではないだろうか。

 戦前に日本人を間違った方向へと動かした歯車の数々を本書から見てみると、そのまま現代日本でもありうることばかりだと感じるのだ。そういう面からすれば、戦前の昭和史を学ぶだけでなく「日本人はなぜ誤るのか」という根元的なことを考えさせられる内容になっていると言える。

 ただいまちょうど参議院選挙戦の真っ最中。自分はどこの政党を支持するとか、支持をしないとかそういうことはないのだが、東日本大震災をはじめとした価値観転換を強いられた日本は、ちょっと熱くなりすぎているような気がしないでもない。どの政治的立場にいる人たちも、みんながみんな冷静さを欠いているように感じている。特に政治家ではなく、国民が。

 国内の熱狂をつくるのは必ずしも政治家ではなく、国民であることが多いはず。遠くから聞こえる選挙カーの絶叫を耳にしながら読んだこの本だが、改めて現代日本を冷静に見つめ直す気分にさせる内容だったと思う。

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