奥山真司監修「 サクッとわかるビジネス教養 地政学」
2020年9月22日/読書記録
2020年6月初版、奥山真司監修。
地政学の視点から現代の世界経済や政治を考えるための基本的な知識を紹介している。監修者はブログ「地政学を英国で学んだ」や多数の著書で知られる地政学者。
新型コロナウイルス感染症拡大で歴史的な混乱が世界中で広がる中、世界情勢は日々刻々ととてつもない速さで動き続けている。トランプ政権のアメリカ、香港問題をはじめとするニュースが続く中国の勢力拡大、大国を巻き込むシリア情勢など枚挙にいとまはない。それらの動向を、マッキンダーに始まる地政学の視点から解説している。イラストを多用しており、初学者向けになっているが「シーパワー/ランドパワー」や「チョークポイント」といった概念を学び、それらを使って現在の国際情勢を一つ一つ見ていくという構成になっており、確実に世界はこの地政学で動いているということがわかる内容になっている。
超大国の不可解な動きや、各地で起こっている紛争のニュースに触れても実際はこれがどういうことなのか本質的なところにはたどり着けず、結局は頭の上に「?」とでてしまいがち。この背景には地政学の考えに基づく各勢力の行動があるということがわかれば、見方も少しは違ってくるというもの。監修者はこう書いている。
例えるなら、国際政治を「劇」とすれば、地政学は「舞台装置」です。「劇」の裏側で、そのシステム全体の構造を決めているのは「舞台装置」ですから、国際政治の表面的な部分だけでなく、その裏にある各国の思惑を理解するには、地政学の考え方を身につける必要があるのです。
さまざまな紛争を前に、ただ感情的にあの国はだめだ、あの国はいいなどと言う前に、現実的にそれら事象の裏には何があるのかという考え方を持たなければいけないということで、本質が見えないどころか本質を見失いかねない。ーはじめに(p.3)
冒頭では地政学の基本概念として6項目が挙げられている。(1)地政学は国の地理的条件を基に国際社会での行動を考えるアプローチ(2)相手をコントロールするための考え方が「バランス・オブ・パワー」(3)大規模物流の中心は海路であり「チョークポイント」はこのルートの要衝でありこの支配が命綱(4)ユーラシアの大陸国家が「ランドパワー」で国境の多くを海に囲まれた海洋国家が「シーパワー」。大きな国際紛争はこの両者のせめぎ合い(5)大きな紛争はユーラシア大陸中心部の「ハートランド」のランドパワーと、海岸線に沿った周縁の「リムランド」のシーパワーとの衝突(6)国家間の衝突は影響力を駆使するための拠点争いがあるー。これらのポイントを使いながら、世界各地での勢力争いや紛争を解説している。そこには人道的な視点はなく、ただこの地政学の原理原則に則って、淡々と勢力を維持・拡大させる手を各国が打っているということがわかる。
人によっては絶望的な思いに駆られるかもしれないが、このあたりも監修者は「おわりに」でこう書いている。
ところが、そのような感覚は、世界政治の冷酷な論理の前では、言葉を選ばずにいえば、邪魔にしかなりません。世界中の国家は、我々のような普通の日本人の感覚とは大きくかけ離れた、地政学的な戦略に基づいた「世界観」を持って動いているからです。
(中略)というのも、「どのような状態が世界平和なのか」という世界観は、国や人、民族、宗教などによって大きく異なるからです。人々が、〝自分たちに都合のいい平和〟を求めるからこそ、絶えず争いが起こり、平和を求めること自体が、争いのタネにすらなっています。
(中略)これ(引用者注 地政学のこと)を身につけることで〝自分たちに都合のいい〟安易な理想論や平和論に流されず、広い視野で、論理的に、背景にある思惑も含め、世界そのものをとらえる能力を養う一助になれば幸いです。(pp.158-159)
地政学に限らず、物事を冷静に捉える視点は必要という点を強調しているところは大切。国際的な事象に限らず、特に現在は個々人の感情によってあらゆる事象に判断が下されて、さらには巨大化した感情が社会を動かしている。あらゆる物事には、感情とは違うルールがある。それを知った上で物事を見ていかなければ、見えているつもりがまったく見えていなかったということになりかねない。それは社会を良くない方向に動かす。そのルールの一つが地政学であり、このエッセンスが少しでもあれば、世の中の見方も変わる。
この本からスタートして、監修者である奥山氏の本を読んでいきたいと思う。
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