小谷賢「モサド 暗躍と抗争の70年史」

2021年7月31日/読書記録

 ハヤカワノンフィクション文庫で2018年12月初版。2009年に新潮社より刊行。著者はインテリジェンス研究などを専門とする日本大学危機管理学部教授。

 イスラエル成立前夜を起点に、インテリジェンス機関「モサド」の誕生から、最近の動向といった情報までを通して知ることができる。

 モサドといえば名前こそ知っているものの、その実態はよく分からず(組織性格上、当然だけど)映画や小説で登場するイメージだけしかない。そんな〝謎の〟組織について、歴代長官の変遷を軸に時の同国首相やイスラエル国防軍、CIAを擁するアメリカなどに合わせて右へ左へと変化していく組織構造、そんな組織の主導権をめぐる内部対立の歴史をたどるれる。

 周囲の国々の情勢が刻々と変化し、常に国そのものの防衛が強いられるイスラエル。 自国まもるための組織としてモサドが生成されていくが、面白いのは政府や軍などにある別のインテリジェンス組織との歩調が時代によって異なるという点。つまり、イスラエルのインテリジェンス体制も一枚岩ではなかった時期が少なからずあったということで、〝シマ〟争いによる情報伝達不全で実際に友好国や国際的にも問題視される大失態を犯してしまったという事例も紹介されている。もちろん、まったく逆の事例もあり、軍の鮮やかなオペレーションの下地づくりでモサドが活躍している姿も分かる。

 インテリジェンス界隈の初心者の自分としては、モサドの全景や現在に至る歴史を知る入り口としては最適な本だった。必要に応じて戻ってくるべき本の1つ。また、佐藤優氏の解説でも語られているが、何より推理小説やスパイ小説を読んでいるようで面白い。トップクラスのエージェントたちの優秀なオペレーションをハラハラしながら楽しめた。読んでいく中で、インテリジェンス組織としての冷静さや合理性とはまた違った人間臭さがあり、それらが複雑にからみあって現在に至る。モサドがその在り方を模索しながら、苦悩する姿も伝わる。そして、ここには出てこない無名のエージェントたちにも思いを馳せる。今もインテリジェンスの最前線は活発に動き続けている。自分たちもその同時代に生きている。

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