みうらじゅん的論法で「ブラック企業」「サービス残業」問題を考える

2014年4月2日

 興味深いツイートがあったので紹介したい。

ブラック企業とか言わずに「違法企業」って言ったら良いと思うし、サービス残業よりも「賃金未払」の方が実態をよく表しているし、キラキラネームとかDQNネームなんて新語を使わなくても辞書に載ってもいる「珍名」という語の方が適切だと思う。

— ワロタ発言www (@warota_hatugen) 2014, 3月 28

 このツイートで言われているように、社会的にグレー、あるいはブラックな事象に対してきちんとしすぎた名前をつけてしまう傾向があるようだ。

 紹介したツイートにある「キラキラネーム」は人によっては議論の余地ありといったところだろうが、「ブラック企業」や「サービス残業」は「そうだそうだ」とみんないえるのではないだろうか。誰が言ったか忘れたが「援助交際って言うけどただの売春じゃねえか。呼び方を変えろ」って発言があってなるほどそうだよなと思った。また、「暴走族」についてネットから「珍走団」という呼び名が生まれたのもこの文脈だ。よく「名前負け」なんてことを言われる。この場合は逆で、名前がその対象を肯定したり、黒い要素を薄たりしてしまう。そうすることで名前の持つイメージが先行して、本来議論するべき内容の問題性が少し見えにくくなってしまう。

 さて、少し脱線するかもしれないが、かつてフジテレビの深夜に「CX NUDE DV」という番組があった。その中に「ザ・会議室」というコーナーがあった。山田五郎・みうらじゅん・伊集院光がさまざまなテーマで新しいアイデアを出していくという内容で、毎回欠かさずチェックする好きな番組だった。

 そんなコーナーで公営ギャンブルをテーマにした回があり、その一部分を思い出した。実は本にまとめられているので紹介したい。司会はフジテレビの佐野瑞樹アナウンサー。ちなみにyoutubeにこの放送の動画があったので(いろいろ問題はあるかもしれないが)貼っておく。

佐野 Jリーグが発足していよいよ日本にもトトカルチョが誕生、っていうふうに思っていたら「スポーツ振興くじ」という形に変わったわけですけれども。

伊集院 まあ、ギャンブルはギャンブルだよね。

佐野 そうですね。というわけで今回は「新しい公営ギャンブル」を提案しようではないかと。

みうら 「ギャンブル」って言葉の響き悪いよ。

佐野 たしかにちょっと悪いイメージがありますね。

みうら 「ギャング」と「アンタッチャブル」が合体してるみたいなことでしょ?

佐野 では呼称から変えていくと。

伊集院 「トンスポン」はどう?

みうら 「トンスポン」いいですよ。OK、通りました。

伊集院 案のひとつとして軽く出したんですが……もう決まったんですか(笑)。

みうら 通りましたから。

佐野 じゃあ「新しい公営トンスポン」を提案する、ということで。

みうら ほら、あんまり悪いことしてる感じがしないじゃない。

伊集院 たしかにね、楽しみ程度で止まってますものね。トンスポンで一家が崩壊なんてなさそうですし(笑)。

みうら トンスポンで崩壊させたくないからね。

(光進社「ザ・会議室」pp.226-227)

 ここで面白いのは、みうらじゅんが「ギャンブル」という言葉のイメージについて「響きが悪い」と言っているところだ。そこに伊集院光が「トンスポン」というちょっと間抜けな語感の造語を出して、イメージが変わるという流れで笑いが起きる。この番組はバラエティーで、コーナー趣旨もネタなので事例に挙げるのはどうかと思う人もいるだろう。しかし、単語の語感でイメージが変わるという意味では面白い視点だと思う。

 ひるがえって、冒頭に紹介した「ブラック企業」や「サービス残業」はどうか。

 紹介した「ザ・会議室」の本には収録されていないみうらじゅんの発言がある。「壁にトンスポンバカとか書かれちゃったりするのやだもん」っていう発言だ。これは「トンスポン」という言葉の間抜けさゆえに、それで家庭を崩壊させることの恥ずかしさをネタにしている。

 これは、ネット造語である「珍走団」の生成と同じ文脈だ。「暴走族」なんてかっこいい名前だから暴走行為をする輩がいる。「珍走団」というかっこわるい名前にすれば、暴走行為の輩を笑えるという理屈だ。それに名前がかっこわるければ、それになろうという者も出てこないのではという意図があるのだろう。

 この構図で「ブラック企業」や「サービス残業」という単語を見ると、やはりちょっと語感でイメージが変わっているところがあるかもしれないと感じる。まず「サービス残業」の方は、「サービス」といういい意味の言葉があるので違法性が薄まってしまう。労働者にとっては負のイメージしかない「残業」が、「サービス」という言葉のせいでプラスマイナスゼロな感じになってしまわないだろうか。「ブラック企業」の方はうまい表現が見つからないのだが、みうらじゅん的視点で見ると「ただの違法企業」という実態ではなく、アメリカの民間軍事会社や「M.I.B.」的なちょっとかっこいいイメージがつきまとうような気もしないでなもい。

 それだけに紹介したツイートのように「ブラック企業」は「違法企業」、「サービス残業」は「賃金未払い」ときちんと言い直した方がイメージ是正のためにいいと思う。せめて「いわゆるブラック企業と呼ばれる違法企業」や「サービス残業と呼ばれる賃金未払い」という表現を面倒でも使っていかないといけない。

 というのも、「トンスポン」や「珍走団」のように、企業側が言われて恥ずかしいと思うようなイメージづくりをしないといけないからだ。「あの会社、違法企業なんだって」「あの会社、賃金未払いが多いんだって」とストレートな単語で批判されるようにならないといけない。企業イメージを大事にする会社であれば、何か重い腰を上げる対策を取るかもしれない。そこまでいかなくともダメージは期待できるのではないだろうか。

 言葉の持つイメージは思いのほか大きいと思う。きちんと向き合えば「おや?」と思うものの、社会に出回って使われ始めると一般化してしまう。そして深層心理に言葉だけが持つイメージが植え付けられて、本来の意味と乖離してしまう。そんなイメージ先行の言葉を使うのを悪いとはいわないが、冷静に考えてみる機会は必要だろう。

 ぼくも「トンスポン」で死にたくないもんね。

ザ・会議室

伊集院光 山田五郎 みうらじゅん

光進社

ページ先頭 | HOME | 前の記事 | 目次 | 次の記事