劣等感、ひがみ… 読者に突きつける人間の本性:西村賢太「苦役列車」
2014年2月21日
第144回芥川賞受賞作。
日雇い仕事をしながら、孤独にその日暮らしをする主人公の北町貫多。彼はその屈折したプライドや劣等感を爆発させるかのように問題行動を起こす。そんな陰々滅々とした中、仕事場で同年代の男に出会う。ありがちな小説ならばここで紆余曲折を経ながら心を通わせてハッピーエンドとなりそうなものだが、この作品ではそうならない。心を開きそうになるが、結局ひっくり返ってしまう。
訥々とした感じでありながらすらすらと読める濃い文体は、2011年発行の作品でありながら昭和前半のそれを読むような気分にさせる。それだけに、主人公の暗く堕落した生活ぶりの描写が印象的に突き刺さる。
また何よりその描写の数々から伝わってくる強烈な生活臭がたまらない。人によっては拒絶反応を示すかもしれない。しかし、汗にまみれた重労働や汚れた安い住処、そして風俗での女体描写などなど、読んでいるだけですえた悪臭が鼻腔に感じられる。その表現の細かさはまさに体験しなければわからない、私小説ならではなのかもしれない。
著者の西村賢太氏は、芥川賞の受賞会見で「読んでくださった方が、自分よりもダメな奴がいるんだなと思って、ちょっとでも救われた気分に思ってくれたら本当にうれしいですね」と述べている。
この小説の主人公は、本当に「ダメな奴」だと言える。せっかくうまくいきそうな時も、つまらないプライドで逆の方向に走る。そして、後で自己嫌悪とも違う冷めた目で自分を見下す。そして鬱屈した同じ循環の中を巡る。自分の姿をわかっていながら、だからといってどうしていいのかわからず、諦めの境地でその日その日を過ごしていく。
読む人によっては自分とは別次元のキャラクターかと思うかもしれない。しかし、そんな主人公を正直にさせないプライドやひがみ根性、劣等感には不思議と共感を覚えてしまうところがある。極端な性格ではあるものの、主人公の心象風景には「あ、なんかわかる」と思う個所があるのだ。
主人公は極端なキャラクターではあるものの、われわれが普段は気を使って表出させないような歪んだ思いを、破天荒な行動を通して見せつける。実はわれわれの中にも歪んだ感情というのはあるのであって、表面をよくしていても何かの拍子でそれが出ることもあるだろう。主人公はそんな人間の正直な側面を改めて気付かせてくれる。歪んだ感情にまみれてそれを臆さず爆発させる主人公は、われわれの象徴的な存在なのかもしれない。
さて、著者の西村氏といえば、芥川賞受賞会見で「風俗行こうと思っていた」などと発言して注目された人だけに、知ってはいたものの作品は読んだことなかった。しかし、今回初めて読んでみて、ろくに仕事もせずにだらだらと日々を無為に過ごしている自分にとってこれほど突き刺さる内容はなかったと思う。暗い無職生活をしていると、いろいろなものが歪んで見える。そして発生するのは劣等感やひがみだ。それを克服しようにもつまらないプライドがじゃまをする。あぁ、おれって主人公みたいじゃないか。そんな個人的シンパシーを痛いくらいに感じずにはいられない作品だった。