「機会費用」の考え方で大局的な視点を持つこと

2014年2月2日

 経済学をかじっていて、素人ながらなるほどなと思うのは「機会費用」についての考え方だ。機会費用とは何か。「スーパー大辞林3.0」によるとこうある。

財をある目的に用いたために放棄された他の利用方法から得られるであろう利得のうち最大のもの。

 機会費用の考え方は、100円でジュースを買って飲んだ利得と、同じ100円で買えるお菓子を食べた利得を比べて、どっちがお得だったかなというようなことを考える手段になる。

機会費用の考え方が抜けた会社の判断

 前にいた会社でそんな機会費用の見極めを誤っている事例を多く見てきた。

 具体的には伏せるが、業種特有のある調査が定期的にあった。無作為による聞き取り調査なのだが、単純作業で誰でもできる。それだけに同業他社は、パートさんや学生アルバイトをその調査期間だけ雇っていた。しかし、自分がいた会社ではたくさんの正社員が投入されていた。ちなみにそのうちの1人はぼくだった。

 誰でもできる作業をなぜ正社員に任せるのか。会社側の言い分は「アルバイトを雇うお金が無いから」だった。

目先の利益感覚だけで無駄をしている

 この会社側の判断は正しいのだろうか。人件費が一定の正社員を短期間のイレギュラーな業務に投入することは、アルバイトを追加で雇うよりかは人件費の出費が少ない。月給以上の支出が無いからだ。

 しかし、アルバイトでもできる作業に対して、特殊技能を持っている正社員を投入してしまうことは果たして経済的に合理的か。この点、同業他社のほぼすべてがパートやアルバイトを臨時に投入しているのを見るに、自社の判断は間違っていると疑わざるを得なかった。これは絶対に機会費用の見極めができていないぞ、と。

機会費用を考えないと損をする

 どういうことかというと、正社員を単純作業に投入することで、本来ある特殊な技能を使って同じ時間生み出せるはずのパフォーマンスを捨ててしまっているということだ。

 抽象的な問題になるが、この捨てられたパフォーマンスによって生み出されるであろう利潤と、臨時に人を雇っても大丈夫な作業による利潤をいかに比べるか、機会費用の見極めが問われる。

 先ほど紹介した「アルバイトを雇うお金がない」という自社の主張は、この利潤の比較を通して出された結論ではない。同業他社が軒並みパートやアルバイトを投入しているのを鑑みれば、この機会費用の考え方による結論でないことがわかる。なにより、ぼくもかり出されていたのでよくわかる。

大局を見て損を防ぐための機会費用という考え方

 結論としては、「アルバイトを雇うお金がない」という極めて短期的な視野で考えずに、機会費用の考え方を積極的に取り入れるようにしなければ、本来は生かせる人的資源を無駄遣いしてしまうことがあるということだ。

 せっかく短くない年月で育成してきた正社員を、短期雇用でもこなせる仕事に入れてしまうのは、これまでの人的投資を無駄にしてしまう。自社ではこのような人的資源の考え方がすっぽり抜けていて、ただ仕事をさせる人としてしか考えていなかった。パートやアルバイトを雇っていれば短期とはいえ、新たに雇用を生み出す利点も考えられる。大局を見ずして、経済的には多くを無駄にしてしまっていたのだ。

 短期的に見ると得であると思われることも、機会費用の考え方を用いてじっくり考えると、長期的には損をしているということは多い。そんな適切な構図を示してくれる機会費用の考え方を大切にしていきたいと思う。

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