自分自身を冷静に見つめる手法としての「レコーディング」:岡田斗司夫「いつまでもデブと思うなよ」(新潮新書)

2014年1月23日

 2007年発行。

 ベストセラー本なので今さら詳しい説明は不要かもしれない。あえて説明すると、巨漢だった著者が1年で50キロの減量に成功。その方法は我慢や運動をせず、食べたものをメモ帳に記録していくだけ。それさえこなせば節食などせずとも、自然と無理なく体重が減る。なぜなら記録を振り返ることで、無意識のうちに食べる量を減らしたりメニューを変えたりするからだという。これがいわゆる「レコーディング・ダイエット」だ。

 振り返ってみれば“オタキング”として知られた著者が、すらりとした姿で登場した時の驚きときたらなかった。思わず病気を疑ってしまうダイエットぶりだった。もっとも、最近はまたちょっと太ってきたようだが。

 さて、レコーディング・ダイエットの詳細は本書に譲るとして、興味深く読んだのは、レコーディング・ダイエットで減量に成功した経験から、ダイエット以外にも幅広く応用が利く自己コントロールの方法論を導き出している点だ。

 そもそもダイエットの失敗は、自分の本当の姿と現実に向き合っていないことが遠因だと著者はみている。そして、こう言い切る。

 メモをして、自分の行動を客観化することが、「やせる」という結果をもたらす。「決意する」とか「頑張る」などという精神論は必要ない。(p.104)

 ここにある「自分の行動を客観化すること」がポイントだ。精神論ではなく、データによる客観分析こそが人を動かすという指摘であるのが重要。根拠のない精神論ではなかなか人間の欲望を抑えることができない。そんな「わかっているのにやめられない」を止めるには、積み上げられた冷徹なデータしかない。この点はお金に例えての説明もあり分かりやすい。

 わからないときは、詳細なデータを集めるに限る。会社の経営が苦しいときも、まずやるべきことは、お金の出入りの把握だ。
(中略)
 現状を、冷静に数字で把握すること。具体的に、細かい勘定科目まで把握し、それから、合計したり、差し引きしたり、平均をだす。と、冷徹な事実が見えてくる。
 カード破産する人は、全員必ず、自分の借金の総額を知らない。利息をいれて、一ヶ月の返済額がいくらかも知らない。一ヶ月の収入がいくらで、生活費はいくらなのかも知らない。破産する人はかならず「自分の借金状況を知らない人」なのだ。
(中略)
 少し考えればわかることだが、計算することで怖い結果を招くわけではない。結果が怖いなら、既にもう怖い状態に陥っていて、そこから目をそらしているだけだ。どれくらい怖いか? どうやって現状を乗り越えるべきか? 打開策の第一歩は? すべて、具体的な数字の把握から始めるしかない。(pp.83-84)

 確かに、数字にしないと現実が見えないのにもかかわらず、怖がってそれをやらないもの。特にこの例のようにお金の場合は極端かもしれない。考えてみれば、会社や商店など大小問わず企業はきちんとお金の管理を帳簿上でしており、現在の財務状況がそれなりにわかるようになっている。蓄積したデータはどんな感情よりも冷静かつ正確に現実を教えてくれるのだ。

 ダイエットの話に戻るならば、何をどれだけ食べたかの記録を見ることで、著者の言う「いかに太る努力をしていたか」という点を精神論抜きで見つめ直すことができる。そのためには減量を意識せずにまず食べる、食べる、食べる。そして、記録、記録、記録。

 やがて積み上げられた記録を客観的に見ることで、今の自分の本当の姿がわかる。そんなデータに基づいて考え出した工夫こそが本当に効果のある工夫であって、それらを見ない精神論の効果が薄いのも説明がつく。自身をコントロールするには精神論ではなく「レコーディング」によるデータづくりが最も効果的だということだ。

 実は、自己コントロールというのは、体重管理だけに有効というわけではない。お金や仕事、人間関係や自分の将来など、広範囲に応用可能なのだ。何か迷ったとき、目標があるのにうまくいかないときには、要素を書き出してみよう。
 それがレコーディングだ。
 書き出したからといって、無理やりに答えを見つけなくていい。考えたことや悩んでいることを文字にして客観的に見られるようにする。それだけで充分だ。
 悩みや迷いや計画を毎日レコーディングし続ける。つまりこれが「助走」だ。
 するとある日、いくつかの悩みが「同じパターン」であるとか、「ひとつの行動で二つ以上が解決する」のがわかる日が来る。そう、「離陸」だ。(pp.200-201)

 ちょっとの手間ではありながら、記録をメモするだけで自己を高められる。理屈で考えれば当たり前かもしれない。しかし、それができていなかった。ここには自分を管理できているという言うならばうぬぼれがあるのかもしれない。体重に限らず、普段の生活における悩みも、記録に残さないと見えないことばかりだということだろう。いかに我々はいい加減に生活してきたか。そんなことを改めて感じてしまう。

 ちなみに今回は割愛したが、著者がこの本の半分くらいを費やして熱く語る「デブ論」も非常に面白い。実体験を交え、愉快な筆致ながらもデブへの壮絶な憎悪すら感じる分析の数々には思わず笑ってしまうほど。そんな〝オタキング節〟も見どころと言える。

ページ先頭 | HOME | 前の記事 | 目次 | 次の記事