労働環境で行き詰まる新聞業界の姿:北村肇編「新聞記者をやめたくなったときの本」

2014年1月22日

 2001年発行。

 一人の人間としての生活と心身を酷使する記者という仕事をいかに両立するか。毎日新聞社の北村肇氏を筆頭に、一線で活躍している記者が上段からジャーナリズム論を語るのではなく、労働環境といった実に人間くさい立ち位置から論じるという内容。

 題名にもあるように、華やかに見える新聞記者だが実は人間性を否定されるような働き方を強いられ、体や精神を病んで途中で脱落していく人が多い。そんな現状を、北村氏らがエッセイや対談などの形で掘り下げて記者という生き方の根本を問うていく。

 01年発行ということもあり、当時とはマスメディアを取り巻く環境は劇的に変化している。とはいえ、基本的な労働環境は変わっていないようだし、苦境にあるがゆえにさらに悪くなっているという現状があるという。

 本書の中では登場する記者がジャーナリズムではなく、自身との生活との兼ね合いが主なテーマになっている。女性記者なら子育てであったり、男性記者も家庭などプライベートとの両立だったりと生々しい。そして、そんな議論を通して日本におけるジャーナリズムの在り方とは何なのかを考えていく。

 また、クローズアップされるのは新聞社の「組織論」についてだ。いわゆる体育系と呼ばれるような問答無用の上意下達の文化だ。パワハラやセクハラと言うような状況が横行している業界の体質について、口をそろえて言及しているのは面白い。この手の本は、高尚なジャーナリズム論に終わりがちだが、こういった悪しき企業文化に踏み込んでいるのは興味深い。

 結論としては、そういった企業文化に染まったベテラン層が定年退職でいなくなるまで我慢して待とうではないかという点で止まっている。これはちょっと残念でありながらも、内部から積極的に改革できないという業界の現状を象徴しているのではないだろうか。要するに「時間が解決してくれるのを待つ」ということだ。

 問題はそれまで若手・中堅は待てるのだろうか。また、劇的に変化するメディア環境において、それまで既存のメディアは耐えられるのだろうか。世代交代するまでに新聞社は残っているのだろうか。そこまで若手は我慢していられるのだろうか。

 若手・中堅が発する危機感と解決への意欲が込められた本だが、結論が世代交代を待つというところで止まってしまっているあたりに、新聞業界の抱える問題と苦悩が凝縮されているのではないだろうか。

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