我が青春はラジオと共にあり
2014年1月20日
いきなり恥ずかしい言い方なのだが、自分の青春はラジオと一緒にあったと思っている。振り返ると思わず頭をかきむしりたくなってしまうような、多感な青臭い時期がこんなぼくにも一応はあったわけだが、そのころの記憶を振り返るといつもそこにはラジオがある。
中学生あたりから思春期というか、いわゆる「中二病」と呼ばれるややこしい時期に入る。だいたいの男子は〝かっこいいこと〟に走るもの。バンドを組んでみたり、あるいはちょっとグレてみたりと普通は反抗する方向に行くものだ。かくいう自分はどうであったか。学校から帰ってくれば、そのまま自室にこもってタバコを吸うでもなくギターを弾くでもなく、まずはラジオを聴くためにラジカセの電源ボタンを押す。別に尖ったことにも興味はなく、ずっとラジオから流れる音楽やトークに耳を傾けていた。それが毎日の習慣だった。1990年代前半のことだ。
なぜこんな一人語りを始めたのか。それはたまたまYoutubeでこんな音源を見つけてしまったからだ。
懐かしい。思わず懐かしさに声が出てしまったくらいだ。
これは埼玉にあるFM局「NACK5」が一時期、放送終了前のクロージングで流していたテーマ曲だ。この動画の説明やWikipediaによると曲名は「This good beat the night」という。初めて曲名を知った。
不思議なものでこのテーマ曲を聴いていると、深夜の静まりかえった当時の自室での記憶がおぼろげに戻ってくるような気がする。当時住んでいた場所で、最も電波の入信具合がよかったFM放送はNACK5だった。TOKYO-FMやそのネット局、あるいはJ-WAVEなども聞こえたものの、雑音混じりであったのを覚えている。それだけにFMはほぼNACK5しか聴いていなかった。
この曲はいつも日曜日の深夜、すなわち月曜日の午前2時ごろ、その日の放送を終える時に同局が流すテーマ曲だった。当時はよく放送終了まで起きてラジオを聴いていたのだ。といっても時間はせいぜい午前2~3時。今考えてみれば夜の町でぐでんぐでんに飲んだくれて帰ってくる時間みたいなものだ。
しかしながら、まだまだ薄汚れていない青年であった当時のぼくは、このテーマがラジオから流れてくると「あぁ、もうそんな深夜なんだな」と思ったし、放送が終わる寂しさと月曜日がやってきて面白くない学校が始まるという憂鬱さにさいなまれたものだった。曲が終わって無音となるラジオに感じたちょっとした残念な思い。「もうお別れなの?」とでも声をかけたくなるような、その何ともいえない当時の気分が何となくよみがえってくる。
さて、「深夜の解放区」としてラジオの深夜放送が一世を風靡した時代がある。もちろんぼくがラジオを聴いていたのはすでにその時期ではなかった。当時はAMもFMも問わず楽しんでいたこともあり、ラジオを聴いていればあっというまに深夜になっていたものだった。何よりラジオは深夜が面白い。各放送局の番組にはまだまだ「深夜の解放区」の雰囲気が残っていたと思う。そんな残り香に誘われて、いつも夜更かしをしていた中学・高校時代だった。
ラジオを聴き始めるまではテレビというマスメディアくらいしか知らなかったが、自分にとって〝新たな〟メディアであるラジオに出合ってからというものの、その向こうに広がる世界にすっかり心を奪われてしまっていたのだろう。パソコンが普及し始めたころであったが、まだインターネットなどというものはメジャーではなかった。それだけに、ラジオの向こうから聞こえてくる音楽やトークといった情報の波は、そのころのぼくにとっては本当に刺激的だった。そして、知らなかった世界に触れることによって自分の世界観も少しずつ広がっていくという不思議な高揚感があった。
あのころの新鮮な感覚や高揚感はもう無くなってしまったのだろうか。あれほど身近だったラジオの存在感は、今のぼくには残念ながら無い。社会人になったのが大きい。ラジオはおろか、テレビすら視聴時間が減っている。いま改めてラジオを聴いても当時のようなワクワク感はもうない。歳をとってしまった。
いわゆる「マス四媒体」の一つでもあるラジオだが、ネットが普及するに従って広告収入が減少するなど苦境にあるようで、radikoなどで巻き返しを図ろうと懸命のようだ。リスナー層もだんだんと高齢化しているようで、放送を聴いていてもその傾向を何となく感じられる。ネットの出現によって比較的若いリスナーが少なくなっているというのが大きな理由というが…。
それまで知らなかった新しい世界に触れ、そのワクワク感に酔いしれるというのはどの時代でも、どんな人でも青年期にはあるはず。その媒介が何かは問わない。人によっては本であったり音楽であったりとさまざまだ。たまたまぼくはその媒介において、ラジオが占める割合が大きかった。
今の若者は携帯電話やスマートフォンを使いながら、ネットを通して世界に触れるのだろう。それがいいことなのかどうなのか分からない。ラジオを熱心に聴いていたころのぼくが、もしネットという世界に触れていたらどうなっていたか。今でもネット上に渦巻く情報の波に翻弄されているだけに、中高生だったころのぼくはその波に明らかにのみ込まれていたのではないかと思う。今の若者はすごいなあと思うと同時に、当時のぼくのような未熟な人間にはラジオを聴くぐらいがちょうどよかったのかもしれないとも感じる。
当時を思い出してラジオをつけてみるが、あのころのようなワクワクはもうない。しかし、ラジオというメディアがぼくを育ててくれたのは確かだと思う。たまたま発見した曲をきっかけに、ラジオへの感謝を込めつつここまで書いてみた。思い入れのある曲は、それだけであらゆる記憶を引っぱり出してくれるものだ。自分のことながら驚き。