夏休みの宿題は毎年8月31日にやっていた
2013年9月1日
夏休みの宿題は、毎年必ず8月31日にやっていた。そのくせ、さらりといい加減に終わらせることができなかった。絵画の宿題ならば、気が済むまで筆を入れないと終わらせられない。国語や数学の課題でも、適当に終わらせて「宿題を終えた」という既成事実だけをつくればいいものの、やっているうちに課題を通して「なぜこの定理はこのように成り立つのだろう」などと面白くなってしまう。それだけに、いつも宿題を深夜までやっていたり、結局終わらせることができずにいたりとなんだかよくわからない性格で自分でも困る。
社会人になってからも似たような感じだ。締め切り間際まで面倒くさがって手を付けず、ぎりぎりになって着手する。しかし、細かい仕上がりが気になって合格点以上の品質を追い求めてしまう。もちろん残業コースだ。
いわゆる「締め切り効果」を期待して、強制的に集中力を高めて課題を終わらせるという手法(?)があるけれども、それとはちょっと違った感じに思う。終わらせることではなく、質に気を取られてしまうのだろう。いずれにせよ、たちが悪い…。
こんな奇妙な性格をうまく生かす方法はないかといつも思案し、いろいろと試してはいるものの、どれもしっくりこない。本当に悩ましい。
よくよく考えてみると、宿題なり仕事なりのいわば「最初の一歩」を着手することができれば、時間さえあれば終わらせることができるし、それなりに高い品質を実現できるということでもある。
そうなれば、いかにその「最初の一歩」を踏み出すかが大きな課題となる。いかんせん、長年磨きをかけてきた「三年寝太郎」であり、生粋のものぐさであるぼく。わかっていてもそれができない。
そのあたりの壁をいかに越えていくか。その方法を探っていかなければ。