どうすれば「バカと暇人」の群れから抜け出すことができるのか:中川淳一郎「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社新書)

2013年8月19日

 2009年発行。

 梅田望夫著「ウェブ進化論」読了後に改めて読みなおしたのだが、論調としては反対側にある内容で面白い。

 梅田氏はウェブに多くの人が参加し、情報が集積されることによる新しい価値の創出を期待している。いわゆる「集合知」によるイノベーションというやつだが、中川氏はその真逆の主張だ。本書にもあるが「集合愚」という考え方だ。

 著者は企業PRやニュースサイトの運営経験、あるいは「ネットヲチ」を通して、結局のところネットは一部を除いて何も生み出しておらず、何も変わっていないという現実を突きつける。

 強調されているのは、ネットがいくら普及しようとも人間は何も変わっていないということ。LINEやFacebook、Twitterがいくら広がろうとも、そこで繰り広げられる話題は地上波テレビの内容であり、ニュースはみんなそろってYahoo!トピックスでチェックする。ネットの利用が広がったところで、みんな同じ行動様式から抜けることができていない。また、匿名性が高いゆえに著名人叩きは頻繁に起こるし、著者が「インターネットは気持ち悪い」というのもよく分かる。

 ネットが普及してみんなが活用することで何か新しい価値が社会に生まれるという期待がある。しかし、著者は「幻想を持ちすぎている」として懐疑的だ。

 つまり、いくらツールとしてのネットが普及しても人間は変わっていない。それ故に社会も変わらないという結論だ。

インターネットがあろうがなかろうが、人間は何も変わっていないのである。(p.238)

 ネットは人間の行動様式を変えるとかつては思われていた。しかし、著者は失敗事例を多く挙げてそれを否定する。さらにはネットでの炎上事件などを通して醜悪な部分も強調する。結局、ネットは暇つぶしやルサンチマン解消のおもちゃにしかなっていないという悲しい現実だ。

 もちろん、「新しい価値」をつくりだした人はいる。しかし、思っていた以上にそれはわずかだった。それ以上にネットは人間のめんどくさい醜悪な部分を浮き彫りにしてしまっている。

 果たしてぼくたちはどこへ行くべきなのだろうか。著者はこのように書いている。

(前略)ヤフーを筆頭とするメガサイトの圧倒的集客力と、グーグルによる検索結果に従うことにより、ネットは人々をより均一化したのである。もはや知識の差別化はネットではできない。(p.229)

 これは梅田氏の「ウェブ進化論」の中で、ネットを高速道路に見立てた表現に似ている。ネットという高速道路で誰もが知識を得ることはできるが、その行き着く先で渋滞が起きる。それを抜け出すことが、生き残るための勝負になる。

 面白いもので、この点は中川氏と梅田氏の考え方は一致する。「高速道路」の整備は済んだものの、そこで発生した渋滞をいかに抜け出すかが本当の問題だということだ。「高速道路」を走って楽しんでいるうちは題名のように「バカと暇人のもの」でしかない。渋滞を抜け出すことこそが、新しい価値にあたるのだと思う。そこを真剣に考えていかないといけない。

 梅田氏と少し異なり、中川氏はシニカルに現況を分析しながらも、各所に渋滞を抜け出すヒントを散りばめている。さまざまな修羅場をくぐり抜けたり、目の当たりにしたりしてきたからこそのヒントだと思う。

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